イベントのカレンダー

  • 11
  • 12
東京・名古屋・京都 ::: 2017年11月12~19日来日!
  • 12
  • 3
東京 ::: 2018年12月3~10日来日!
  • 3
  • 10
東京・名古屋・大阪・京都 ::: 2018年3月来日!

モルダバイト~不思議な宇宙の涙~


モルダバイト (チェコ語:vltavín、ブルタビーン)


.

~不思議な宇宙の涙~
.

モルダウ川*の名前を受けた、半透明で緑色の鉱石はボヘミアンガーネットと一緒にチェコのシンボルとなる鉱石です。
モルダバイトの起源は秘密に溢れているものです。
小惑星の衝突によって、溶けた鉱物なのか、月の破片か、それとも宇宙人の訪問、または昔の爆発の形跡なのでしょうか。

「宇宙船のエンジンのジェット噴射口から炎が吹き出て暑いガスが周りを焼き焦がしました。膨大な火力でガラスに溶融された小さな石だけが、黒くなった地面の上に涙のようにきらりと輝いていました。遠い宇宙からの旅行者は人類の痕跡がまだ無い地球を離れていました。」

このように、モルダバイトについての記事で有名なチェコのミステリー研究者、作家や旅行者であるイヴァン・マッケルレ氏が自分のモルダバイトの記事の中で、モルダバイト起源の可能性の中の1つを上げています。
公式科学は、より柔和な説明に傾向していますが、それにも疑問が少なくありません。

鉱床秘密

モルダバイトの主要な鉱床地域は2つあります。
1つめは、南ボヘミアでピーセック、プラハチツェ、カプリツェとインドジフーフ・フラデッツの間にあり、2つめの方が少し狭くて、モラビアのモラフスケー・ブジェヨヴィツェ、トジェビーチとモラフスキー・クルムロフの間に位置します。
ところが、その2つの地域の間にモルダバイトがまったく無い広い帯たいの地域が何故あるのかという事は今まで解明されていません。
また、モラビアのモルダバイトには何故違う構成や色彩があるかという事も解明されていません。
また、ボヘミアのモルダバイトとは同じ起源のはずなのに何故モラビアのモルダバイトには違う科学構成と色彩があるのかと言うことも不明です。
モルダバイトは予期されない場所に発見されたこともあまり知られていません。
小さい鉱床では例えばドレスデン周辺にあって、そしてプラハの砂採取場でもいくつか発見されました。
ここまではおそらくモルダウ川*とエルベ川の水によって運ばれました。
さらに驚くべきことはチェコの中央山岳地帯で行われるガーネット採鉱の時に発見されたモルダバイトです。

そして、1990年代前半になってようやく西ボヘミアのイエセニツカーダムの砂浜でも発見されました。同じ西ボヘミアのヘプ盆地にはいくつかの鉱脈が知られていて、そこから数百個のモルダバイトが採鉱されました。
一般的に知られていない採鉱地域としては、オーストリアのラデッセンもあげられます。

魔法の聖杯石

すでに旧石器時代に人間はモルダバイトを使って道具を作りました。
代表的なフリントより脆い石なのでおそらく儀式の目的に使われました。
今日まで水中の世界に似たような魔法の光を露出している石には神秘力があると信じられています。だからこそウィンストン・チャーチルはいつもモルダバイトを一個ポケットに入れて持ち歩いていたようです。また、ヨハネ・パウロ2世にはモルダバイトでできたロザリオがあったそうです。

モルダバイトはこれまで数世紀に渡ってロマン主義者に探られている聖杯に関係があるという説もあります。
伝説によるとこの聖杯は最後の晩餐でイエスと十二使徒が使った器なのです。
はりつけの刑罰が実施された後、イエスの涙と血が聖杯につかまえられて、魔法の力を持ったと言われています。
しかし、実際のところ聖杯の物語は初めてアーサー王の冒険と言う中世の伝説の中で書かれています。
一番古いアーサー王の伝説の多くは聖杯に対してlapsit exilisと言う用語を用いています。
例えばヴォルフラム・フォン・エッシェンバッハ (1170-1220)と言う昔のドイツの作家がこの言葉を使っています。現代の専門家によると、この用語はラテン語の「lapis lapsus ex illis coellis」という表現の転訛であるそうです。
つまり天から降りてきた石と言う意味です。
アーサー王についての昔の文学の中には聖杯は透明でエメラルドと似たような緑色の石だがエメラルドではないという事を指し示めされています。
あきらかに隕石でも無かったようです。
このような色のある「天から降りてきた石」としては1つしかなくて、モルダバイトです。
この仮説を指示しているのは、アーサー王の伝説が明確にケルト由来で、そしてチェコはケルトの権力の中心であったと言う事実です。
ただ、ケルトはどうやってモルダバイトの宇宙起源を確認できたかと言う疑問が残っています。
さらに、現代の科学者にとってもこの宇宙起源を確認するには大きな問題であった為、ますますそうです。

隕石、リース・クレーター

モルダバイトは初めて科学に注目されたのは1786年です。その年、チェコ科学会の講義でヨセフ・マイエル博士(1752-1814)がモダルバイトについて発表しました。
当時、モルダバイトは多くのチェコにある宝石の中の1つだとされました。後に類似の鉱石が他の地域にも発見されました。総合的にテクタイト(言い換えれば隕石ガラス)と呼ばれ始めて、これらの共通の起源地は宇宙です。
鉱物学的に言えばモルダバイトの構成成分のほとんどは二酸化ケイ素でさらの約10%が酸化アルミニウムです。残りの10%はその他の混合物です。
モルダバイトの特徴である小さい空洞と気泡は最初の謎です。
つまり空洞の中の気圧は地表の空圧より低いです。
ここで始めてモルダバイトの地球外の由来である最初の足跡に出会います。

そして、モルダバイトに含まれていないものも重要です。と言うのは、水はほとんど含有していません。それに対して、テクタイトとかなり似ている火山ガラス(例えば黒曜石)には水の有含量は約100倍多くあります。
なので、その類似性はおそらく偶然に過ぎません。モルダバイトは火山に関係ないものだとされます。

一般的に受け入れられている説によると、モルダバイトの誕生は1400万年前にニュルンベルク、ミュンヘンとシュトゥットガルトの間に、リース・クレーターになった隕石の衝突です。
宇宙からの侵入者は、西南から鋭角に飛んできて、そして大きな爆発によって溶融された岩が莫大な力で東北の方向に上層大気に放りだされ、そして、様々な大きさのしずくの形として撒き散らされました。
数百キロメートルにも渡る飛行の間に、冷めて硬くなりました。だからこそ、モルダバイトの空洞の中の気圧が低いのです。そして最後に緑がかったガラスの雨になりました。
しかし、地面に落ちることはこのストーリーの終わりではありません。ガラスっぽい鉱物は水に第2次鉱床まで運ばれて、そして、地中の液体に食刻された結果、指紋に類似したいる模様、シワが表面に現れてきました。
かなり後になって人間が来てモルダバイトを収集し始めました。

論争される仮説

リース・クレーターとモルダバイトの年齢がほぼ同じだと言う事はこの仮説の提唱者の大きな論点です。にもかかわらず、不明なところが残っています。ボヘミアのモルダバイトは緑っぽい色なのにモラビアの方は茶色っぽいです。しかし、矛盾はそれだけではありません。例えば、モルダバイトの構成はリース・クレーターの鉱物にまったく相当しません。それにしても、その後の衝突の地域とは関係性があります。
そう言う理由でも、別の鉱床の石は異なる色があります。
だから、モルダバイトはおそらく現在の産出の現場における高熱の影響で形成されたという手がかりがあります。
また、リース・クレーターの形はほぼ正円であるということは鋭角に飛んできた隕石の説にあまり相当しません。
なので、モルダバイトの起源を説明しようとしているその他の理論について述べるのは不適切ではないでしょう。
隕石の仮説が初めて発表される以前でさえも、モルダバイトは先史時代のガラス工場の材料であると言う主張もありました。
ところが、モルダバイトの起源時代には地球に人類(人間)がまだ住んでいませんでした。
他の研究者によると、地球まで飛んできた月の火山の溶岩であることや、ボヘミアとモラビアの空中を飛んでいる隕石からたれてきた溶融ガラスであることや、大気で起こった2つの隕石の衝突の結果であることや、また、砂に落ちた雷の足跡(いわゆる閃電岩)であるなどの説があります。

1番絶賛を受けたのはモルダバイトが宇宙人の活動の足跡であるという説です。それによると彼らの宇宙船の噴射口が当たった地面、または彼らが行った核爆発の結果であるとされます。ただしモルダバイトは未だに知られていない地球物理現象の結果だという意見もあります。

*モルダウ川はドイツ語読みで、チェコではブルタバ川と言います。モルダバイトはチェコ語で「vltavín(ブルタビーン)」と呼びます。